考え方を変えれば、全ての悩みは無くなり、平穏な心が手に入る!『道は開ける』の要約

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道は開ける 新装版

この本は、何か悩みや問題にぶつかったときに、それを解決するための方法を示したものだね!

悩みについて知らねばならぬ基本的事実

  • もし悩みと縁を切りたいならば、サー・ウィリアム・オスラーがしたとおり実行せよ・・・すなわち、「今日1日の区切りで生きる」こと。未来のことを悩まない。就寝時まで、ひたすら今日、1日のために生きよう。

    あなた自身で、次のような自問自答をしていただきたい。
    1.私は、未来に不安を感じたり、「水平線のかなたにある魔法のバラ園」に憧れたりして、ともすると現在の生活から逃避してしないか?
    2.私は、過去の出来事――すでに決着のついたことがら――を後悔するあまり、現在をも傷つけていないか?
    3.朝の起床時に「今日をつかまえよう」――この24時間を最大限に活用しよう――と心に誓っているか?

     過去と未来を鉄の壁で閉ざせ。今日一日の枠の中で生きよう。

 われわれ現代人の生活に対するさも恐ろしいことの一つは、病院のベッドの半数が、累積した過去の重荷や、不安に満ちた未来に押 しつぶされた神経症や精神障害に悩む患者達によって、占められているという事実であろう。しかも、彼らが「明日のことを思いわずらうな」というキリストの 言葉や、「今日一日の枠のなかで生きよう」というウイリアム・オスラーの言葉に注意さえ向けていたら、彼らの大部分は今日も幸福で実りゆたかな生活を送る ことができたはずなのだ。

 ある日、ふと読んだ文章によって、私は失意の底から立ち上がり、生きていく勇気を与えられました。その文章中の天の声のような一句に対する感謝の念は、 終生、変わらないでしょう。その一句とは「賢者には毎日が新しい人生である」というものです。私はこの句をタイプで打って、自分の車の窓ガラスに貼り付け ました。

さいわいなるかな、独りありて
今日をわがものと言いうる人は。
心安らかにこう叫ぶ
明日よ、あらんかぎりの悪をなせ、われ、すでに今日を生きたり
(ホラティウス、ローマの詩人)

これ主の設けたまえる日なり
われはこの日を喜び楽しまん
(聖書、詩篇)

 

  • 苦境におちいり、行き詰まったときは、ウィリス・H・キャリアの魔術的公式を試してみよう。
    真の心の平和は、最悪の事柄をそのまま受け入れることによって得られる。

    (1)「問題が解決できない時に起こりうる最悪の事態は何か」と自問する。

    (2) やむをえない場合には最悪の事態を受け入れる心構えをする。

    (3) それから落ち着いて最悪の事態を好転させるように対処する。

  • 悩みが健康という名の法外な代償を払っていることを肝に銘じること。

     

  • 「悩みに対する戦略を知らないものは若死する」

3分の1の会社重役は、45歳にも達しないうちに、心臓病、消化器系潰瘍、高血圧によって自分の肉体を破壊している。何と高価 な出世の代償ではないか。しかも今なお代償を払い続けている。会社で昇進しても、胃潰瘍や心臓病にかかって、はたして成功者と言えるだろうか。全世界を手 中に収めたとしても、健康をなくしては元も子もないのではないか。全世界を自分のものにしても、眠るにはベッド一つで十分だし、食事は1日3回でよいの だ。

 医師の犯している最大の過失は、心を治療しようとせずに、肉体を治療しようとしていることだ。しかし、心と肉体はひとつのものであり、別々に治療できるはずがない。

フランスの哲学者モンテーニュが故郷の町ボルドーの市長に選ばれたとき、彼は親しい市民にこう告げた。「私は諸君の問題を喜んで我が手に引き受けるつもりだが、肝臓や肺にまで及ぼすつもりはない」

悩みを分析する基礎技術

  • 事実の把握。コロンビア大学の学長ディーン・ホークスは言う。「この世の悩みの大半は、判断の根拠となる知識が十分でないのに、あえて判断を下そうとすることから生じる」

  • すべての事実を慎重に比較検討してから、決断せよ。

  • 慎重に決断を下したら、行動に移すこと。決断に基づいて、ひたすら行動しよう・・・そして、結果についての心配はいっさい無用だ。

  • 何かの問題で悩みそうな場合には、次の問いと答えを書き出してみること。

    (1) 問題点は何か?

    (2) 問題の原因は何か?

    (3) いくとおりの解決策があって、それらはどんなものか?

    (4) 望ましい解決策はどれか?

悩みの習慣を早期に断とう

  • 多望な毎日によって悩みを追い出そう。活発に飛び回ることこそ「クヨクヨ病」に対する最良の治療である。

  • ささいなことで大騒ぎしないこと。人生のくだらないことのために自分の幸福を台無しにするな。

  • 平均値の法則を利用して悩みを解消しよう。「いったいこの問題が生じる可能性はどの程度だろう?」と自問してみること。

  • 避けられない運命には調子を合わせよう。あなたの力でもはや事態を変えられないと悟ったら、「かくのごとし。かくあらざるをえず」と自分に言い聞かせること。

私たちは長い人生を歩むあいだに、どうにもならない不愉快な立場に立たされることが多い。それはどうしょうもない。選択は私た ちの自由である。そういう立場を天命として受け入れ、それに自分を順応させることができるか、あるいは、一生を台無しにしてまでも反抗し、神経衰弱になる かのどちらかである。

 ここに私の尊敬する哲学者ウイリアム・ジェームスの名言がある。「ものごとをあるがままの姿で受け入れよ。起こったことを受け入れることが不幸な結果を克服する第一歩である」

私たちはだれもが災難や悲劇に耐えることができ、勝利を得ることができる。そんなことは不可能だと思えるかも知れないが、私たちは驚くほど強靱な潜在能力を秘めており、私たちがそれを用いて初めてその恩恵に浴せるであろう。私たちは想像以上に強靱なのだ。

盲目であることは悲惨ではない。盲目状態に耐えられないことが悲惨なのだ。(ジョン・ミルトン)

  • 悩みに対して「ストップ・ロス・オーダー」という歯止めを用いよう。1つの問題に対してどの程度まで気にかけるべきかを決めて、その限度を超えたら忘れてしまうこと。

  • 過去は墓場へと葬ろう。オガクズを挽こうとするな。

  • 気にする必要もなく、忘れてもよい小事で心を乱してはならない。
     「小事にこだわるには人生はあまりにも短い」
     人生のくだらないことのために自分の幸福を台無しにするな。

人生は短すぎる。小事にこだわってはいられない。この言葉は私の苦難に満ちた多くの試練に際して、いつも心の支えとなった。私 たちはしばしば、忘れてもかまわない小さなことがらのために、自分自身を台無しにする。私たちがこの地上に生きるのは、わずか数十年にすぎない。それなの に、一年もすれば皆から忘れられてしまう不平不満を悩みながら、かけがえのない多くの時間を無駄にする。もう、ごめんだ。私たちの人生を、価値ある活動、 感覚、偉大な思想、真実の愛、永久の事業のために捧げよう。とにかく、小事にこだわるには人生はあまりに短すぎる。

 私たちはまれに襲ってくる人生の嵐や、雪崩や、雷鳴にはなんとか生き延びて行くが、ただ悩みという小さな虫、指でひねりつぶせるほどの小さな虫によって、心を食い破られていないだろうか。

平和と幸福をもたらす精神状態を養うための法則

われわれの人生とは、われわれの思考が作り上げるもの

私たちの心を平和、勇気、健康、希望で満たそう。

「われわれの人生とは、われわれの思考が作り上げるものに他ならない」
(マルクス・アウレリウス)

 私は35年にわたって成人クラスで教鞭をとった結果として、自分の考え方を変えさえすれば、男女を問わず、悩みも恐怖も、どんな病気でも追い払うことができ、生活を刷新できることを知っている。

私が痛感していることは、私たちが日常生活で得られる心の安らぎや喜びは、自分の居場所や持ち物や、身分によって左右されるのではなく、気持の持ちよう一つで決まるということだ。

心こそ己の居場所 そのうちに
地獄に天国を 天国に地獄を作る
(ジョン・ミルトン)

「政治的な勝利、地代の値上げ、病気の全快、長い間留守にしていた友人の帰還、この他さまざまな外部的な事象は人間の精神を高揚させ、幸せな日々が到来す るような予感を抱かせる。これを信じてはならない。そんなことは決してない。自分に平和をもたらすのは、ほかならぬ自分自身なのだ」
(エマソン「独立独歩」)

「快活さを失ったとき、他人に頼らず自発的に快活さを取り戻す秘訣は、いかにも楽しそうな様子で動き回ったり、しゃべったりしながら、すでに快活さを取り戻したようにふるまうことである」(ウイリアム・ジェームズ)

行動を変えれば、感情の方も自然に変わるだろう。

人が事物や他人に対する態度を変えると。自分に対する事物や他人の態度も変わってくることを発見するだろう。自分の考え方を根本的に変えてみよう。するとその結果、生活の外的条件が急変してしまうのに驚くだろう。

「たいていの人は、自分で決心した程度だけの幸福を手に入れる」
(リンカーン)

敵に対して仕返しを考えてはいけない

もしそうすれば、敵を傷つけるよりはるかに多く自分自身を傷つけることになる。アイゼンハワー元帥を手本として、1分間でも時間をむだにしないために、きらいな人については考えないことにしよう。

私たちの憎悪は少しも敵を傷つけないばかりか、かえって私たち自身が、日夜、地獄の苦しみを味わうことになる。

キリストが「汝の敵を愛しなさい」と言ったのは、単に道徳律を説いただけではなく、20世紀の医学をも説いていたのだ。「7たびを70倍するまで許しなさい」と説いたキリストは、高血圧症、心臓病、胃潰瘍、その他の病気の予防法について語っていたのだ。

私たちは聖者と違って、自分の敵を愛するのは無理かも知れない。けれども、自分自身の健康と幸福のために少なくとも敵を赦し、忘れてしまおう。これこそが賢明というものだ。

「怒れない人は馬鹿。怒らない人は利口」(諺)

「野菜を食べてお互いに愛するのは、肥えた牛を食べてお互いに憎むのに勝る」(聖書)

「結局のところ、人間はだれも自分の過ちに対して償いをさせられる。このことをよく知る人間は、だれにも腹を立てず、だれも恨むことなく、だれの悪口を言うこともなく、だれも非難せず、だれも不快にすることなく、だれも憎まないであろう」(エピクテトス)

「あなたの敵を愛しなさい。あなたを憎む者に善を行いなさい。あなたをのろう者を祝福しなさい。あなたを侮辱するもののために祈りなさい」(聖書)

恩知らずを気にせず、恩知らずを予期しよう

キリストは10人のライ患者をいやしたが、1人しか礼を言わなかった、私たちはどうしてキリストが受けた以上の感謝を期待できようか? 幸福を発見したいと願うなら、感謝とか恩知らずなどを考えずに、与えるという内面の喜びのために与えるべきである。
 恩知らずを気に病むかわりに、むしろ恩知らずを予期しよう。

「怒れる人は毒に満つ」(孔子)

「感謝の心はたゆまぬ教養から得られる果実である。それを粗野な人々の中に発見することはない」(サミュエル・ジョンソン)

キリストは、ある日の午後、十人のライ病患者をいやした。だが、そのうち何人が彼に礼を言っただろうか? たった一人であった。「ルカによる福音書」で 確認していただきたい。キリストが弟子達に「他の九人はどこにいるか?」とたずねたとき、彼らは皆、逃げてしまっていた。一言の礼も言わずに姿を消してし まった! そこで皆さんに質問したい。私たちにしても自分たちのささいな好意に対して、はたしてイエス・キリストが受けた以上の感謝を期待してもよいもの だろうか?

この世で愛される唯一の方法は、自分から愛を要求しないことであり、返礼を期待せずに愛情を振りまき始めることなのだ。

幸福を発見したいと願うなら、感謝とか恩知らずなどと考えずに、与えるという内面の喜びのために与えるべきである。

感謝する気持ちを子供に植え付けるためには、私たちがまず感謝の気持ちを持つ必要がある。

不足しているものでなく、恵まれている点を数えてみよう

「私たちは自分に備わっているものをほとんど顧慮せずに、いつも欠けているものについて考える」(ショーペンハウエル)

「人生には目標とすべきものが二つある。第一は自分の欲するものを手に入れること。第二はそれをたのしむことである。数ある人間のうちでも、第二のことを実践できるのは賢者だけでしかない」

他人のまねをするな

自己を発見して、自己に徹しよう。なぜなら「嫉妬は無知であり、模倣は自殺である」からだ。

皆さんはこの世で何かしら新しさを持っている。それを喜ぶべきだ。自然が与えてくれたものを最大限活用すべきである。結局のところ、すべての芸術は自叙伝的なのである。あなたが口ずさむのは、あなたならではの歌であり、あなたが描くのは、あなたならではの絵に過ぎない。あなた は、あなたの経験や環境や遺伝が完成した作品であるべきだ。良くも悪くも人生というオーケストラのなかで、あなたは自分の小さな楽器を演奏しなければなら ないのだ。

運命がレモンをくれたら、それをレモネードに変える努力をしよう

愚か者は人生の贈物がレモンであると知って、あきらめ顔で「私は負けた。これが運命だ。もはやチャンスはない」などと言い出す。そして世間に文句をつけ、自分を甘やかして放蕩の限りを尽くすようになる。けれども、賢い人はレモンを手にして自問する。
「この不運からどんな教訓を学ぶべきだろう? どうしたら周囲の状況がよくなるであろう? どうすればこのレモンをレモネードに変えられるだろうか?」
運命がレモンをくれたら、それでレモネードを造る努力をしよう。

「人生で最も大切なことは利益を温存することではない。それなら馬鹿だって出来る。真に重要なことは損失から利益を生み出すことだ。このためには明晰な頭脳が必要になる。そして、ここが分別ある人と馬鹿との分かれ道になる」(ウイリアム・ポリン)

「窮乏に耐えるだけでなく、それを愛するのが超人である」(ニーチェ)

「我々の弱点そのものが、思いがけないほどわれわれを助けてくれる」(ウイリアム・ジェームス)

「人間が自己の責任を背負って立てば、環境が良かろうと悪かろうと中程度であろうと、気骨のある人間が育ち、幸福が必ずやってくる。だからこそ、北風がバイキングの生みの親となったのだ」(エマソン)

 

他人の幸福を生み出すように努力することによって、自分自身の不幸を忘れよう

「他人に対して善を行なうとき、人間は自己に対して最善を行なっている」

 

次にあげるのは、偉大な精神分析医アルフレッド・アドラーの筆になる驚くべき報告である。彼は憂鬱症の患者に対して、決まって同じ事をいった。「この処方箋どおりにしたら、二週間できっと全快しますよ。それは、どうしたら他人を喜ばすことができるか、毎日考えてみることです」

「善行とは他人の顔に歓喜の微笑をもたらす行為である」(モハメッド)

「私の患者の3分の1は臨床的には本当の神経症ではなく、生き甲斐のないことと人生のむなしさとに苦悩しているのだ」(アドラー)

「他人に対して善を行うとき、人間は自己に対して最善を行っているのである」(ベンジャミン・フランクリン)

「おのれのために生命を得る者はこれを失い、わがために生命を捨てる者は、これを得るであろう」(聖書)

批判を気にしない方法

  • 不当な避難は、しばしば擬装された賛辞である。それはときとして、あなたが他人に嫉妬や羨望を起こさせたことを意味している。死んだ犬を蹴飛ばすものはいないことを銘記しよう。

  • できる限りの最善を尽くそう。あとは古傘をかざして、避難の雨が背筋から背中へ流れ落ちないようにするだけだ。

  • 自分の犯した愚行を記録しておいて自分自身を批判しよう。私たちは完全無欠を望めないのだから、EH・リトルのやり方を見習おう。偏見がなく、有益で、建設的な批判を進んで求めよう。

  • 現在の私は、一般の人々が他人のことなど気にかけないこと、また、他人の評判などには無関心であることを知っている。人間は朝 も昼も夜も、そして夜中の12時過ぎまで、絶えず自分のことだけを考えている。他人が死んだというニュースよりも、自分の軽い頭痛にたいして千倍も気を使 うのである。

疲労と悩みを予防し、活力と精神を充実させる6つの方法

1. 疲れてしまわないうちに休息しよう。疲労と悩みとを予防する第一の鉄則は――たびたび休養すること、疲れる前に休息せよ、である。
 なぜこれがそんなに大切なのか?
 なぜなら、疲労は驚くべき速度部蓄積するからだ。

2. 仕事中にくつろぐことを学ぼう。

3. 家でくつろぐことを学ぼう。

4. 次の四つの勤務態度を習慣にしよう。

 (1) 当面の問題に関係ある書類以外のものは全部机の上から片付ける。

 (2) 重要性に応じて物事を処理する。

 (3) 問題に直面したとき、決断に必要な事実を握っているなら、即刻その場で解決すること。

 (4) 組織化、代理化、管理化することを学ぼう。

5. 悩みと疲労を防ぐために仕事に情熱を持とう。

6. 睡眠不足で死んだ人はいないことを思い出そう。有害なのは不眠症について悩むことであって、不眠症そのものではない。

悩みを追い払う4つのステップ

次の4つの段階を踏めば、悩みの9割を追い払うことができる。
1.悩んでいる事柄を書き記す。
2.それについて自分にできることを書き記す。
3.どうするかを決断する。
4.その決断をただちに実行する。

私たちの疲労は仕事によって生じたのではなく、悩み・挫折・後悔が原因となっていることが多い。

 もしあなたが、「あたかも」自分の仕事に興味をもっているように振る舞えば、そのちょっとした仕草によって、あなたの興味には真実味が加わるであろう。そのおかげで、疲労・緊張・悩みは軽滅するするであろう。

 人間は心を弾ませながら何か興味深いことをしていると、めったに疲れない。
 悩みと疲労を防ぐために仕事に情熱を持とう。

悩みに対する治療法は、何か建設的な仕事に没頭することだ。

 惨めな気持になる秘訣は、自分が幸福であるかどうかについて考える暇を持つことだ。

忙しい状態でいること。悩みを抱えた人間は、絶望感に負けないために、身を粉にして活動していなければならない。

 

自分の考え方を、柔軟に、自由に変えることで、悩みから開放されるってことだね!悩み事ができたらまた読み返そう!

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次の本

→夢をかなえるゾウ

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